14世紀~15世紀初頭の対位法でも基本的に平行5度・8度は禁止されている。基本的に、といったのは実際の楽曲にはこれらが散見されるからだ。逆に言うとその響きが楽曲においては響きのスパイスになっていたり、何かしらの意味合いを持っていたりする。
でも原則としてはやはり禁止ということになる。
禁止するというのは、どの時代の音楽理論でもそうだけど必ず抜け道が存在するということだ。
中世対位法の場合も楽曲の対位法的構造は平行5度だけどもそれが見えないようになっている、というのは非常に多いというかそれで成り立っているともいえなくもない。
典型的な平行5度の避け方は1:2の対位法にして5353535...にする手法。
これで実際のところ殆ど平行5度には聞こえなくなる。ピタゴラス音律だと構造側の平行5度よりも不協和音程3度から完全協和音程5度への解決という流れのほうがずっと耳に入ってくるからだ。さらにこれにリズムと装飾を入れると平行5度には聞こえなくなってしまう。
ではリズムを主体にして平行5度を隠してみる。
前提となる事項は
- 順次進行で下行するTenorに対してCantusがリズムを遅らせると6度が発生する。
- 順次進行で上行するTenorに対してCantusがリズムを早めると6度が発生する。
- 順次進行で下行するTenorに対してCantusがリズムを遅らせると4度が発生する。
- 順次進行で上行するTenorに対してCantusがリズムを早めると4度が発生する。
14世紀に入って15世紀初頭に至るまでの100年以上を掛けて4度の地位は下がっていく。結果的に上記4つのうち上の2つの方が支配的だ。とはいえ、下の2つももちろん使用されている。
では上2つに関して例えば 6/8 拍子で対位法を破綻させずに8分音符単位でどこまでリズムをずらせるか。
下行するTenorにおいてTenorがファから始まる場合、Cantusの最初の音はドになる。上記の法則に当てはめると8分音符5個までずらすことが可能ということになる。
上行するTenorにおいてはより前後の対位法的コンテクストに左右されるが、少なくとも8分音符3個までなら破綻を起こさずにCantusを前倒しできる。
ではこの法則に従ってずらしを行っていく。お題はこれ。1小節目は固定。
愛を持って言うけど、なにこれ(笑
2小節目はこのままだと1小節目からいきなり平行8度になっているので、まず遅らせます。
3小節まで8分音符2つ遅らせました。前半はそれなりになりました。
後半はちょっと冒険します。文章にすると煩雑になるので図解します。
4小節目で思い切って8分音符4つ分遅らせて、その後5小節目ではTenorが上行するので、上の法則に従って逆にCantusを8分音符1つ分早めています。
大分それらしくなりました。少なくとも3小節目以外は平行5度は聞こえなくなりました。問題の3小節目とカデンツになっている5小節目がスカスカな感じがするので軽く装飾を入れます。
既に平行5度は聞こえません。さらにこれにContratenorを足します。
さて、これで完成です。
ちなみに、この曲は Philipoctus de Caserta の "En remirant" という曲の冒頭部分です。
平行5度を隠すというお題で 記事を書いてみましたが、実際のところは作曲家が楽曲を作り上げていく作業の追体験でした。というオチです:)
=============
なんだか書き始めの予定よりも大分複雑な内容になりましたが、「複雑である」という印象を与えるのが目的ではありません。むしろ逆で、Tenorの進行に対してどの程度のリズムの揺らぎが許容されるのかということを踏まえていれば(中世の作曲家はもちろんそれを完全に理解していたわけです)、作曲の際に作曲家は楽曲を破綻させない絶対の自信を持って自由にリズムをスライドさせることができたということです。
そういった意味で捕らえれば、表層に現れる複雑さとは対照的な作曲家の自由な発想をそのままに受け入れる土台がこの対位法の中に見出せるはずだと考えます。
0 件のコメント:
コメントを投稿